6月の日本は梅雨まっただ中で、空が重たく感じられる日が続きます。
それでも、一年でいちばん日が長くなる夏至だけは、晴れてほしいと毎年ひそかに願ってしまいます。
夕方になってもまだ光が残っている日があると、曇り空の多い季節のなかでは、少し特別な瞬間に思えるものです。
そんな夏至のころ、もうひとつ思い出すのが、黄色の花を咲かせるセントジョーンズワート(St. John’s Wort)。
「太陽の草」と呼ばれ、ヨーロッパでは中世から魔除けのお守りとして親しまれてきました。
そして興味深いことに、この花は日本の 弟切草(オトギリソウ) と親戚にあたり、どちらも“少し怖い伝説”を背負っている植物です。
今回は、洋の東西で語り継がれてきた、不思議な物語をご紹介します。
黄色い花から滲み出る「赤い液」とヒペリシンの謎
セントジョーンズワートや弟切草の大きな特徴のひとつが、黄色い花と、葉に見られる独特の斑点です。
とくにセントジョーンズワートは、花の蕾などをつぶすと赤紫色の液が現れます。これは「ヒペリシン」という赤色の成分によるものです。
黄色い花から赤い色が現れるというのは、実際に見てもかなり印象的です。
こうした植物の特徴が、後世の伝承の中で「血」を連想させるものとして語られてきたことを思うと、植物と人々の想像力の結びつきが興味深く感じられます。
聖ヨハネの日に咲く『聖ヨハネの草』と夏至の風習
なぜ「聖ヨハネの草」と呼ばれるのか
1世紀のギリシャ人医師ディオスコリデスの著書『薬物誌』には、オトギリソウ属にあたる植物が「Hyperikon」の名で記されています。現在のセントジョーンズワートにつながる植物として知られています。
セントジョーンズワートは、キリスト教の聖人「洗礼者ヨハネ」の祝日である6月24日の頃に花を咲かせることから、「聖ヨハネの草」と呼ばれるようになりました。
夏至に近いこの時期、ヨーロッパではこの植物を魔除けのお守りとして扱う風習もあり、家の戸口や窓などに飾ったとされています。
黄色い花を咲かせる季節と、夏至から聖ヨハネ祭へと続く時期。
セントジョーンズワートは、こうした季節の風習と結びつきながら、ヨーロッパの人々に親しまれてきた植物なのです。
日本の「弟切草」に残る兄弟の物語
一方、日本の「弟切草(オトギリソウ)」にも有名な伝承が残されています。
江戸時代の寺島良安が編纂した『和漢三才図会』(1713年頃)には、この名前の由来となった伝説が記されています。
平安時代、ある鷹匠(たかじょう)の兄が、鷹の手入れに使う秘密の草としてこれを用いていました。
しかし、弟がうっかりその秘密を他人に漏らしてしまい、激怒した兄が弟を斬り捨ててしまった――という切ない伝説です。
さらに、オトギリソウの葉には小さな黒い点が見られ、この黒い点を斬られた弟の血の跡とする伝承も残されています。
植物の姿と名前の由来となった物語が重なっているところに、弟切草の面白さがあります。
なぜ遠く離れた土地で同じ「怖い物語」が生まれたのか?
ヨーロッパのセントジョーンズワートと、日本の弟切草。
国も文化も全く異なるのに、なぜどちらも「血」と結びつく物語を持っているのでしょうか。
その理由を一つに決めることはできません。
ただ、両者が同じオトギリソウ属の植物であり、黄色い花や葉の特徴、そして赤紫色の色など、印象に残る共通点を持っていることは確かです。
昔の人々は、足元に生える草木の姿をよく観察し、そこに自分たちの信仰や物語を重ねてきました。
日本とヨーロッパ。
遠く離れた場所で、それぞれの植物に「血」をめぐる物語が残っていることを知ると、身近な草花を見る目も少し変わってきます。
おわりに:足元の草花が物語る歴史
私は夏至が近づくと、セントジョーンズワートを思い出したついでに、このハーブティーを飲みたくなります。
カップにお湯を注ぐと、野草らしい素朴な香りが立ち上ります。
正直に言うと、ものすごくおいしいお茶というわけではなく、渋みのある独特の味わいなので、好き嫌いが分かれるかもしれません。
決して万人受けするお茶ではないかもしれませんが、その素朴さがこの季節の空気とよく馴染む気がするのです。
夏至のころ、このお茶を飲みながら、ふと昔の人たちはこの植物をどんな気持ちで眺めていたのだろう、と想像することがあります。
ただの野草のように見える足元の植物も、紐解いてみると何百年も前の人々の暮らしとつながっているのだと思うと、静かなロマンがありますよね。
今年の夏至の季節は、あなたも身近な植物が秘めた小さなストーリーに目を向けてみませんか。
季節の光とともに、いつもの景色が少しだけ違って見えるかもしれません。



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